DV被害と子ども虐待


1ヶ月ほど前、千葉県で10歳の女児が父親の虐待で死亡させられ、両親が逮捕されました。

この件について、DV被害者の支援に関わるNPO法人が声明を出しました。
その中で、「この事件は典型的なDV犯罪です」と述べられています。

そして、「DV被害の渦中にある当事者が、どのような心身の状況にあるかを理解する必要があります」と述べ、「暴力支配下にある母親が子どもを守ることは至難の業なのです」とも述べられています。

それらの視点は大変重要なものであり、全面的に同意します。

ただ、少し引っかかってしまうところが1つありました。
声明の最後の方で、次のように述べられています。

「少女の母親は、まず、保護されるべきDV被害当事者であり、決して逮捕されるべき容疑者などではありません。加害者による全人格的な支配の下で服従するしかなかった被害者が、一方的に批難されることがあってはなりません」

確かに殺された少女の母親は、保護されるべきDV被害当事者です。
つまり、DVについては被害者です。
ですが、少女が殺された事件に関しては、加害者側にいた(そうせざるを得なかったとしても)のではないでしょうか。

もちろん、DVと子ども虐待は関連するものであり、一体のものとしてとらえ、対応されるべきだという認識は持っています。
また、母親が積極的に加害行為に加わったわけではなく、DV加害者である夫(少女の父親)の虐待を止めることなど不可能に近かったことも理解できます。

それでも、結果として子どもを死に至らしめた「殺人事件」という犯罪が現実にあり、その点についていえば、彼女はただ「保護されるべき」人だと言い切ってしまうことはできないのではないかと思うのです。
免罪の方向にまわりが動くことは、本当に彼女のためになることなのでしょうか。

厳しいことを言うようですが、彼女にとっては正当に裁かれた方が、その後の彼女の回復のためにも役に立つのではないかと思います。
裁かれる過程で、情状酌量ということもあるでしょう。

逮捕され、裁かれるのは、「犯罪者」という悪い「人」だからではなく「犯罪を犯したかもしれない」からです。
DV被害者という側面はあっても、子ども虐待の加害者側にいたという側面もあるのなら、その点については逮捕されることもあるのではないでしょうか。

世間では、「子どもを守らなかった母親」として彼女を糾弾する意見もあります。
それは、DVというものをあまりにも知らないがゆえの意見だと思います。

ですが、一人の子どもが虐待死させられた事件に関わっていた可能性のある人が全員逮捕されることは、当然のこととして受けとめる必要があるのではないでしょうか。

もちろん、子ども虐待をしていた加害者は父親です。
この殺人の責任は、父親にあります。

母親には、自分が心ならずも果たしてしまっていた役割を見つめ、認め、そんな自分を抱きしめてあげられるような回復をしていってもらえることを祈っています。

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